印鑑文化は憧れから始まった?

  • RSS

日本は、異様なまでに印鑑が浸透している国です。
ずっと日本だけを見ていればそれが当たり前だと思うけれど、世界的に見ればすーっごく変な国かもしれません。
だいたい、サインを真似するのはかなり難しいし、科学的に調べればもうかなりの精度で鑑定ができると言われているのに対し、印鑑なんて偽物を作って悪用することもできるし、実際そういう事件がたくさんあったから、銀行の通帳から印章が消えたわけだし。
そりゃ、外国人が見て首をかしげても当然というものです。

でも、日本にだって「サインにしよう!」という動きはちゃんとあったんですよ。
それでもサインは定着せず、印鑑文化が育ったわけです。
その背景には、いったい何があったのでしょうか。

まず1つ大きいのは、「字の書けない人が多かった」ということ。
印鑑が今のように「法的に必要」と定められたのは、明治時代のこと。
明治初期には、文字の書けない人の方が多かったくらいで、自分の名前だって書くことのできない人がたくさんいました。

加えて、それよりも前の歴史の中で、日本では「偉い人だけが印鑑を使えた」というのも大きな理由。
卑弥呼が持ち、官位のある役人が持ち、貴族が持ち、武士が持ち、商人が持ち、ようやく一般の庶民が持てるようになった印鑑は、そりゃ嬉しいものだったことでしょう。
好んで使っていたのも、大事にしていたのも、十分理解できます。
なんだか、ちょっとテレビみたいですよね。
お金持ちの家にしかなかった歴史が、今でも男性に大きな購買欲を与えているような気がしてしまいます。

このページの先頭へ